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東京高等裁判所 昭和25年(う)3059号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 崔鐘浩

弁護人 高橋勉

検察官 原長栄

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添付した東京地方検察庁検事正代理検事田中万一作成名義の控訴趣意書と題する書面に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は、末尾に添付した弁護人高橋勉作成名義の答弁書と題する書面に記載してあるとおりである。よつて、次のように判断する。

検察官の控訴の趣意は、もつぱら、本件の予備的訴因たる外国人登録の不申請の事実に関する原判決の判断を攻撃するものであつて、本件の本位的訴因たる外国人登録証明書の呈示拒否の事実に関する原判決の判断の当否及び右予備的訴因の追加の手続の適否については、論じていないから、まず、職権をもつて、これらの点について、調査することとする。

(一)  原判決に示された本位的訴因に関する判断について

原判示によれば、原裁判所は、本件の本位的訴因に表われた外国人登録証明書呈示拒否の罪について、これが登録を前提とする犯罪であると解し、かかる登録申請のなされていない被告人については、右犯罪は成立しないものとして、該訴因を無罪と判断していることが明らかである。しかしながら、外国人登録令第一条の規定によれば、同令は、外国人の入国に関する措置を適切に実施し、且つ、外国人に対する諸般の取扱の適正を期することを目的とするものであるから、登録証明書呈示拒否罪の成立について、右のような前提を附することが同令の目的にかなうものとは解せられない。同令第十条第一項は、外国人は、常に登録証明書を携帯し、所定の官公吏の請求があるときは、これを呈示しなければならない旨を規定しているのであるから、外国人がかかる請求を受けてこれが呈示を拒否した以上、その拒否の理由が、登録申請をしなかつたために登録証明書を有しないことによる場合でも、このように登録申請をしなかつたことが、自己の責に帰せられない事由に基くものでない限り、登録証明書呈示拒否の罪を免れることはできないものといわなければならない。ただ、同令第四条第一項、同令附則第二項及び本件行為当時の罰則規定たる昭和二十四年政令第三百八十一号による改正前の同令第十二条(該改正政令施行後の第十三条についても同様)によれば、登録不申請についても、独立して処罰規定を設けていることが明らかであるけれども、以上の各法条を照合して検討してみると、かかる登録不申請の罪が別個に存するからといつて、右のような場合に、登録証明書呈示拒否の罪が排除されるものとは解せられない。すなわち、登録不申請の罪と登録証明書呈示拒否の罪とは両立し、両者いずれの面からも取り締ることができるものと解することが、同令第一条の規定に照らし、同令制定の趣旨にかなうものといわなければならない。従つて、原裁判所としては、被告人に登録不申請の事実があつたとしても、はたして、本件の本位的訴因に示された登録証明書呈示拒否の日である昭和二十四年十二月二十八日当時に至るまで、被告人の責に帰せられない事由によつてその登録の申請がなされなかつたものか否かを判断した上、前示見地から、被告人の登録証明書呈示拒否の罪の成否を決すべきであつたにかかわらず、前記のように、簡単に、右犯罪が登録を前提とするものであるとの理由のもとに、右本位的訴因を無罪と判断したことは、前記外国人登録令第十条第一項の規定の解釈を誤つたものというほかはなく、原判決と解釈を同じくする答弁書記載の弁護人の主張は、容認し得ないところである。それゆえ、原判決には、この点において法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかなものといわなければならない。

(二)  原審における予備的訴因の追加の手続について

記録に徴すれば、原裁判所は、その審理中、第五回公判期日において、検察官が、口頭により、前記本位的訴因に、被告人の登録不申請の事実を予備的訴因として追加を求めたのに対して、これを許容し、該予備的訴因について、原判決で無罪の判断をしたことが明らかである。しかしながら、本件の本位的訴因たる登録証明書の呈示を拒否することと、右予備的訴因たる登録の申請をしないこととは、全く基本的事実関係を異にするものであることは、両者を対照すれば明らかなところであり、かつ、両者の罪は、併合罪の関係にあると解するのが相当であつて、想像的競合犯又は牽連犯の関係に立つものとは到底解することができない。従つて、右両者の間には、公訴事実の同一性がないものであるから、かかる予備的訴因の追加は、許容することができないものといわなければならない。それゆえ、原審の訴訟手続には、この点において、法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことは、前叙に徴し明らかなところである。

検察官の控訴の趣意は、前記のように、もつぱら、右予備的訴因に関する原判決の無罪の判断を攻撃するものであるが、右に判示したように、かかる予備的訴因の追加は違法なものであるから、かかる手続の適法なことを前提とする右論旨については、ここに判断する必要はない。

原判決は、以上(一)、(二)に判示したような違法があるため、破棄を免れないものであるから、刑事訴訟法第三百九十二条第二項、第三百八十条、第三百七十九条、第三百九十七条第一項によつてこれを破棄し、同法第四百条本文により、本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 高野重秋 判事 真野英一 判事 堀義次)

(控訴趣意及びこれに対する答弁省略)

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